キミじゃなきゃ、お前だから(笠黄)


何処へ行くにも俺の後をついて来た、きらきらと色鮮やかな黄色い頭を持つ、俺よりも二つ年下の少年。
近所に住む子供で、何がきっかけだったのか忘れてしまったけれど気付いた時には異様になつかれていた。

ゆきちゃん、ゆきちゃんと俺の名前を呼んでは、にこにこと笑う可愛い子だった。
それがあまりに可愛かったので俺も満更ではなく、その度に構い倒していた。
また、俺がバスケを始めれば、その子も真似をするようにバスケットボールを追い始め、陽が暮れるまで公園で一緒に遊んだ。

――けれども、それは俺が小学校四年に上がる頃に唐突に終わりを告げた。

詳しくは知らないがあの子の両親が離婚をし、あの子は俺の前から姿を消した。

ふわふわと触り心地の良かったきらきらとした黄色い頭は後ろを振り向いてももう見ることは叶わない。
俺は一人バスケットボールを手に、あの子と一緒に遊んだ公園でポツリと返事の返らない名前を呼んだ。

「涼太…」



◇◆◇



部屋の片隅にひっそりとしまわれた子供用の赤茶色のボール。
小学校一年ぐらいまで住んでいた場所で、とても大切にしていたソレ。

中学生に上がりモデルを始めてからは少しは充実した毎日に変わり、ようやく思い出の物としてソレを眺められるようになったかと思えた矢先。遭遇してしまったバスケットボールというあの人が好きだったもの。

陽が暮れるまで一対一で公園で遊んだ記憶。 あの人の楽しそうな顔、悔しそうな顔、頭を優しくぐしゃぐしゃと撫で回された優しい記憶。
全部…、全部、忘れるなんてやっぱり無理で。あの人だけ俺の特別で。

ガキの頃から何でも真似すれば出来た俺を、あの人は嫌煙したり、無駄に褒めそやしたりしなかった。一人の子供としてみて、俺を俺として見て、一緒に遊んでくれた俺の唯一の人。
俺より二つ年上で、でも笑うと途端に幼くなる表情。

「…今も、バスケしてんスかね?」

ちらりと今日遭遇した帝光中のバスケットボール部の部員の姿を思い出す。
楽しそうにボールを操っていた。
その姿に、あの人のことを重ねて脳裏に思い浮かべる。

歳のわりに意志の強い大きな薄墨色の瞳に、つんつんとした短い黒髪。
いつも後をついて回っていた凛とした背中に、名前を呼べばあの人は直ぐに振り向いてくれて、真っ直ぐに俺の名前を呼んでくれた。

『どうした、涼太?』

それがいつも嬉しくて、何かにつけては俺はあの人の名前を呼んだ。

『ゆきちゃん、ゆきちゃん!』

今、思えばあれは子供の独占欲だったんだと思う。
真っ直ぐに自分だけを見てくれたあの人を、俺は自分だけのものにしたかったんだ。

…バスケ部員と遭遇した翌日。
俺は入部届けを帝光中学男子バスケットボール部に提出した。

「バスケ経験は?」

「う〜んっと、ないッスね」

あの人とやっていたバスケはバスケと呼べるものなのか、小学一年頃まで続いたアレはちょっと違うかなと考えて俺は否定の言葉を口にした。

それから教育係に黒子が付いて、再びバスケをするきっかけになった青峰に、緑間、紫原、赤司といつしか自分は帝光中バスケ部のレギュラーの一人となっていた。
再び始めたバスケは、あの人と遊びでやっていたバスケとはやっぱりちょっと違くて。でも、バスケが純粋に楽しいと俺は懐かしむ気持ちと一緒にそう思い始めていた。
バスケ部内の、もっといえばキセキの世代と名付けられた突出した力を開花させたレギュラー陣の歯車が噛み合わなくなるまでは。

「…最初は楽しかったんスけどね」

ひっそりと部屋の片隅に置いていた子供用のバスケットボールを両手で挟み、無意味にくるくると手の中で回転させてポツリと呟く。

「いつからだっけ?バスケ辞めたいって思ったの」

このままじゃあの人との綺麗な思い出も汚されてしまいそうで。

「いつからだっけ…?」

モデルの仕事以外で、本音と建前を使い分け始めたの。

くるくると手の中で回していたボールを止め、ジッとボールを見つめる。

「やっぱり誰も見てくれない」

素の自分を見せてきたのに。誰も彼もが自分のことばかりで。途中から俺が仮面を被っても誰も気付かなかった。
キセキも黒子も桃井でさえも。

彼らが見ている先にいるのは、キセキの世代としての黄瀬 涼太。もしくは大多数の人間と同じ、モデルの黄瀬 涼太だ。
それ以外の黄瀬 涼太はいらないとばかりに誰も見てはくれない。

「………」

ぎゅっと手の中にあるボールに額を押し付けて、求めるように小さく口を動かした。

「…あいたいっス、ゆきちゃん」



◇◆◇



高校二年の夏、海常高校男子バスケットボール部はインターハイを初戦敗退した。
それも俺のパスミスから逆転を許しての負けだった。今年は特に優勝を狙えると期待の大きいメンバーだった分、負けた時のOBからの批難の声は凄いものだった。

俺は自分の退部届け一つで責任を取れるとも思っていな い。許されるとも、償えるとも思っていない。ただ、今の部の雰囲気を考えた上で、初戦敗退した原因を作ったともいえるべき自分が部を辞めれば、少しはバスケ部内の雰囲気も緩和して円滑に物事が進むようになるんじゃないかと俺は自分に出来うる限りの行動をとった。

しかし、その先で思いもよらぬことに俺は武内監督から退部届けを突き返され、次の主将に任命されてしまった。

「俺なんかが…、止めて下さい」

「これはキャプテン命令だ。次の主将は笠松、お前に託すとな」

「先輩が…?」

「あぁ。アイツも全ての批難が後輩であるお前に向くのを止められなくて悔やんでいた」

「そんなの!俺は…!」

「いいから聞け。お前は納得出来ないかもしれんが、アイツがキャプテンとして、お前の先輩としてこの敗けを正面から受け止めて出した結論だ」

三年はウィンターカップをまたずにバスケ部を引退する。笠松の事を批難する三年も少なからずいると思うが、気にしなくていい。

「確かにインターハイでの敗戦は無かったことには出来ない。ただし、次に繋げるものにすることは出来るはずだ。……この意味分かるな、笠松」

「………はい」

「ワシもお前だから出来ることがあると信じている。もし、それでもしんどくなったらワシに言え」


その後、武内監督から伝えられた通り三年生達はウィンターカップを待たずにバスケ部を引退し、笠松がキャプテンとなり海常は新しい体制へと移行していった。

そんな慌ただしく過ぎる日々の中で、以前と少し形は違うが落ち着きを取り戻した海常バスケットボール部。

「笠松、ちょっと来い」

部活動中であった笠松はその呼び出しに、後を副部長である森山に任せ、呼び出しに来た武内監督の後に続いて普段はミーティング用に使っている体育館脇の多目的室に足を踏み入れた。

「いきなり呼び出してすまんな笠松」

多目的室の中には簡易のパイプ椅子と長机が出されており、長机の上には武内監督のものと思われる書類が幾つか乗っていた。

「いえ、それで…」

ちらりと視界の端に止めたその書類を武内監督は椅子に座ると手に取り、こちらへ差し出しながら言う。

「来年はキセキの世代が上がってくる。むろん、うちもとりに行くつもりだが」

「キセキの世代…」

「そうだ。それはその資料だ。お前はキセキの中で誰が欲しいと思う?」

受け取った資料に目を落とし、キセキの世代についての噂を思い出す。
全員が帝光中バスケ部で、全中三連覇を成し遂げた。一人一人の力がずば抜けていて、対戦相手は試合の途中で戦意を喪失してしまうらしい。

「全中の時の様子を録ったビデオもあるぞ」

武内監督の声を聞きながらぺらりと紙を捲り、目に飛び込んできた鮮やかな色に目を見開く。
さっと顔写真の横に書かれた名前へ視線を滑らせ、息を詰めた。

「っ…、りょ…た」

その鮮やかな黄色い頭は。
幼い時の面影を僅かに残した端整な顔は。
今も忘れられずにいる思い出の中の少年に重なった。

詰めた息を細く吐き出しながら俺は写真の中に昔と違う眼差しを見つける。
温かな琥珀色の瞳はまるで凍えてしまったような冷たさを宿して、こちらを静かに眺めていた。

「…黄瀬…涼太」

それが涼太の今の名前か。

黄瀬の資料で手を止めた俺に武内監督が口を挟んでくる。

「黄瀬が良いのか?」

「あ…、…はい」

武内監督の存在を忘れ、思わず思考の海に沈みそうになっていた俺は訊かれた台詞に素直に頷き返していた。




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